「活きる」のとなりにいつもそこにあるもの

美しさってなんなのでしょうか。

 

と、知ってましたか?
美学という美しさについて研究をする学問があることを。

 

美学____________
 (また「感性の学問」)とは美の本質や構造を、その現象としての自然・芸術及びそれらの周辺領域を対象として、経験的かつ形而上学的に探究する哲学の一領域である。

 

わたしにとって「美しさ」とは
自分の活き方、そのものだったのです。

 

━ そう、「活きる」のとなりに

「美しさ」はいつもそこに在った━

 

選ぶお洋服も
綴る言葉も
描いていく絵も
目に留まる景色も
善悪の判断さえも

 

それが美しいのか、美しくないか
で判断していました。

 

全ては、美しさを持って
選択してきたのです。
(何が美しいのか、というのは前回のブログにちらり)

 

そう考えると、
美しさを捉える価値観にここまで統一感を持って
余白にも美しさを感じ取り
見えないもへも慈しみの心を向けられる日本って
すごい、と改めて実感しています。

 

それと同時に、活きていることへの感謝が沸き起こります。
そして、ここに活きる意味も。
わたしが誰であるか、をも。

 

さて、今日はこれから始まっていく
sunaoを使ったエステの名称を考えてみるワークショップを開催。

 

充実、した時間に。

 

「自分というコップが満たされ溢れ出し
その周りの大地を潤していくかのように」

 

これはsunaoの大切にしている考え方なのですが
まさに、そんな風に探求する時間は
自分のコップを自分で満たしていく、
自分のコップの底からうわっと活きる喜びが溢れてくる、そんな時間です。

 

そして、コップが満たされ溢れ出した大地の先にあるのが

 

「あの日の朝感じたような
幸せが、ゴールでしょ?」

 

幸せは、目に見えるものでも
ふれられるものでもありません。

 

感覚、です。

 

感覚を突き詰めた先に
感じられるのです。

 

それは、
目に見えるかのように
手でふれられるかのように…

 

いつも、そこにある
当たり前の風景さへも

 

いつもの
当たり前の、景色では
なくなるのです。

 

今夜の月はそんな感覚で感じとれました。

 

それもこれも、
私が私であれる場所があるから。

 

人と人との間に体温があったから。

 

ありがとう。

 

 

青山祐貴子

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